齋藤春佳は、「時間」の考察を続けながら「時空」構造の変容を感じさせる作品を発表しています。齋藤が「時間」をテーマに制作するようになったのは「人間が生を受け、死へ向かうという『仕組み』が受け入れ難い」という思いが発端です。「この解決不可能な『仕組み』を解決できるのが美術なのではないかと感じ、様々なメディアで制作を行うのは、その解決方法を実践している感覚」と話します。例えば、絵画に繰り返し登場するモチーフに見られる自身の飼い犬は、絵画のなかでは生き続けられるという「保存性」の象徴であり、「時間」への抵抗としての、ひとつのアプローチです。
齋藤の作品によく登場する「花」も、時間との関係性から空間への考察に発展したきっかけとなったモチーフです。「花は時間が経つとたおれてしまうが、人間も同様に、時間が経てばたおれてしまう(=死へ向かう)。死に向かって時間が流れているのではなくて、ただ重力や物体の運動エネルギーの総体を『時間』と呼んでいるだけなのではないか」と考えた齋藤。違う角度から「時間」をとらえようとした齋藤は、2013年に制作した天秤を用いたインスタレーションで、まるで時空を自在に行き来するような表現を試みます。天秤の片方に吊るした絵が描かれた布は、初めは、布の重さで地面に平たくなっている状態です。そこで、もういっぽうの皿に石など重さのあるものをのせると、絵が描かれた布が上にふわりと立ち上がるというもの。絵が描かれた布はつまり、「時間の経過で消滅したもの」、立ち上がりを「蘇り」に見立て、齋藤は時間の「逆行」を表現。時間の自由な操り方の可能性を展開しました。
また、テキストは自身の考えの核に最も近く、「書く言葉が自分の第一言語」と感じている齋藤。当初、自身の思考を整理するためにテキストを起こして制作を進めていましたが、近年は「そのテキストが作品のなかに現れてくるようになってきている」と話します。思考を整理する方法としてのテキストや日記が、モチーフとして作品に入り込み、そこからまた次の展開を生んだり日常に影響を及ぼしたりという循環に、齋藤は時系列を交ぜ合わせる可能性を感じながら、「時間」についてのアプローチを続けています。
《花の飾ってあった期間》(2019)
《触れない犬/触れる風景/触らない絵》(2021)
《Space(指文字「め」/星側の目)》(2022)
《Space(雨音)》(2022)
プロフィール
齋藤春佳
1988年長野県生まれ。2011年多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業。「時間は本当は流れていなくて重力や物体の運動エネルギーの総体が便宜的に時間と呼ばれているだけ」という立ち位置から、出来事を時空間の構造と結び付けた絵画、立体、インスタレーション、映像などを制作。主な個展に、「立ったまま眠る/泳ぎながら喋る」(Art Center Ongoing、東京、2020)、「飲めないジュースが現実ではないのだとしたら私たちはこの形でこの世界にいないだろう」(埼玉県立近代美術館、2017)、グループ展に、「レター/アート/プロジェクト『とどく』」(東京都渋谷公園通りギャラリー、東京、2022)、「描かれたプール、日焼けあとがついた」(東京都美術館、2020)など。「日焼け派」「此処彼処」「Ongoing Collective」としてグループでも活動。《ほいぽい》としてバンド活動も行う。