添田奈那は、アジア諸国の市場で売られるチープな玩具や、まがいもののキャラクターから着想を得て、平⾯作品やアニメーションを制作しています。東京造形大学でアニメーションを学んだ後、添田はロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズにてパフォーマンスデザイン&プラクティスを専攻。添田は、舞台芸術的な表現を発表する学生が多い環境のなかで、アニメーションを映像における「舞台」として発表。そこではアウトプットのクオリティよりも、そのプロセスが重視されることに日本での研究のと決定的な違いを感じます。コンセプトの強度やリサーチの積み重ねに重きを置くスタイルは、現在の制作の基盤ともなりました。自身の表現を追及し続ける仲間たちに触発される学校生活を送ったのち、帰国します。
渡英当初は商業的なアニメーション制作に携わることを漠然と目標にしていた添田でしたが、ロンドン留学を経たことで商業的なアプローチよりも独創性の追求に関心が推移していきます。そこで、自身にとっての「アート」の定義をもう一度考えた添田は、見た目が綺麗でクオリティが高いものだけではなく、人々が見向きもしないようなものにも価値を見出したいと感じ始めます。
自身の幼少期を振り返り、「ひねくれ者というか、人と違うことに価値を見出すタイプであった」と話す添田。周囲が大衆向けのキャラクターに夢中になるいっぽうで、人と違うものを好んだ彼女は、街中を「ディグ」って、散見される作者不明のキャラクターに価値を見出していきました。例えば、商店街の看板に描かれた既視感ある鳥のキャラクターや、ゴミ捨て場に描かれた、ピクトグラムにしては緻密過ぎるペットボトルの絵など。現在も添田は、そのようにしてキャラクターを撮りためており、その撮りためたキャラクターのパーツを抽出して、新しいかたちに落とし込みます。その作者不明のキャラクターも、アメリカや日本の有名なキャラクターなどからシルエットをそのままコピーしていたり、コピーの組み合わせから生み出されているものがあり、既視感はあるが、どこか手が加わった「オリジナル」なものになっている。作家として、自身のアイデンティティや独創性をいかに作品に反映するか模索していた添田は、そのキャラクターを生み出した無名の作者たちの無作為かつ純粋な表現からヒントを得ます。
そのキャラクターを生み出した無名の作者たちは、キャラクターを「アート」としての表現ではなく、「記号」としてとらえているように感じた添田。そもそも絵画の起源は、人類が絵を「記号」ととらえたこととすると、その無名のキャラクターは絵であり「アート」とも言えないだろうか。ただ、添田とそのキャラクターを生み出した無名の作者たちは同じ手法であるものの、彼らが描いたものは「アート」としては見られてこなかった(彼らも「アート」だとは思っていないと想像する)。それを添田が、いわゆるホワイトキューブの空間でペインティングとして発表して「アート」の文脈に持ち込んで、「アート」の定義を揺さぶってみる。無名のキャラクターを生み出した、無数の作者不明の系譜に自身を置き、「声なき表現」の再評価を試みるのです。
また、そうした有名キャラクターの非公式で表面的なコピーや、記号としての意味しか持たないキャラクターなど、多くの人にとって興味の対象にすらならないものに、添田は権威に従属する弱者や社会に取りこぼされた人々の姿を重ねてきました。商業的にしつらえられたせいか、多くのキャラクターの表情は笑顔ですが、添田はあえて無表情であったり、悲しみや怒りを帯びた顔をさせることで鑑賞者に注目をさせて、自身の表現のなかでは抑圧された感情を取りこぼさずに光を当てるようにしています。
添田は、自身が発表を続ける理由に「音楽を聞いて、明日も頑張ろうと思えるような体験を絵画でも試みている」を挙げています。ある歌がまるで自分のことを歌っているかのように感じる共感と同じ現象が絵画でも生まれることを、もっと多くの人に感じてほしいと願う添田。音楽の一ジャンルとしての「ロック」が、体制に一石を投じることを象徴するものである側面も持つように、添田にとって「ロック」とは、もっと世界が良くあってほしいと願い、諦めずに泥臭く立ち向かう精神性を指すもの。その姿勢から生まれる表現のひとつである「アート」は広く、自由で、ときには課題解決の一端にもなる可能性を信じて、添田は表現を追求し続けています。以前は抑圧された感情を解放し、赤裸々な意思表明が特徴的であった添田の作風が近年、解決へ向けてその事実に対する別の視座を反映し始めた変化にもご注目ください。
《あなたの赤色》(2024)
《わたしの青色》(2024)
《邪な気持ちを受け入れること》(2024)
プロフィール
添田奈那
添田奈那は1994年東京都⽣まれ。東京造形大学でアニメーションを学んだ後、ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズのファウンデーションコースを修了。アジアの商店街にあるおもちゃや、まがいもののキャラクターから影響を受け、「チープ感」をテーマとした平⾯作品やアニメーションを制作している。作品を通して、無自覚な差別や格差のある現代社会に生きる人々の「怒り」「悲しみ」を代弁し、キャラクター的ビジュアルを経由することで、ネガティブな感情を愛らしいペインティングやアニメーションに変貌させる。不穏な空気をまといつつもユーモアにあふれたキャラクターたちは、理不尽な事柄で心身を疲弊している人々の癒しとなる。2020年に初個展「リトルガッツ(イシュー)」(BAF STUDIO TOKYO、東京)を開催。2023年には大規模個展「I'm fine」(YUKIKOMIZUTANI、東京)を開催した。
Information
「OIL by 美術手帖 5th anniversary Vol.2 OIL SELECTION」
会期|2024年10月12日~11月6日 |