油野愛子は、鑑賞者に内在する不安定なもの(状態)を引き出すような表現を通し、金属や樹脂、アクリル絵具など多様な素材を用いて、絵画や立体など幅広いメディアで作品を発表しています。京都芸術大学入学後、学生時代は主に彫刻を制作していた油野は、その後進んだ同大学院で彫刻に限らず様々なメディアでの表現に関心を広げていきました。2019年に「ARTISTS' FAIR KYOTO」への出展で絵画を発表したことが契機となり、そこから現在も絵画での表現を追求しています。
油野は「完成したイメージに向けて、計算して進んでいく」彫刻に対し、絵画の面白さを「四角い枠という制限があるにもかかわらず、使用する素材がまったく想像していなかったできあがりになるような、予定不調和で自由」なところにあると話します。自分以外の人との協同作業が発生する彫刻の制作スタイルと違う、自分と絵との1対1の「対話」に関心があるという油野。こうして「外」向きの自己と「内」向きの自己を同時に感じながら制作を行います。
油野の表現は、自身の身近にあるものから生まれます。社会的に困窮しているわけではない恵まれた環境を実感し、表現に大義名分や社会性の強いメッセージを込めることに違和感を覚えた油野。いまここにある「幸せ」を考察、表現に落とし込むようになりました。近年、「言葉」に関心があるという油野の作品には文字も描かれています。その言葉は、誰かの強い意志に対しての言葉かもしれないし、会話のなかでなんとなく発せられたものかもしれない。油野はその揺らぎが持つ「自由」に着目しています。「Narrative」シリーズに見られるような、描かれた言葉や、絵具がめくりあげられて見えるキャンバスの奥など、視覚的な体感を通して鑑賞者は自由に想像し、自分自身を見つめます。
阪急梅田百貨店で開催中の展示では、「衣食住」をすべて満たせる夢のような百貨店の特性から、なんでも手に入るような感覚を覚える空間が日本には存在していること、また、欲しいものを選択、意思決定ができること、という「当たり前の幸せ」への盲目から着想して彫刻、立体、絵画作品を発表。デパートのエスカレーター脇ショーウィンドウに設置された家型の立体作品では裏に文字が描かれているが、気づいた人だけが読み取れるという意図に、油野からの「自由」なメッセージを感じる作品となっています。
「OIL by 美術手帖」では、平面作品を制作する契機となった「Grunge」シリーズと、このシリーズから展開した「Narrative」シリーズから作品を発表します。描かれる人物は、性別や国籍などあらゆる属性を超えたものにしたいという意図から生まれた「Grunge」シリーズと、そこから展開して素材や技法を新たに試み続ける「Narrative」シリーズから、油野の制作の変遷をたどってみてください。
《grunge 21》(2020)
《grunge 15》(2020)
《APPLE (Narrative)》(2024)
《HYDRANGEA (Narrative)》(2024)
プロフィール
油野愛子
1993年生まれ。2018年京都芸術大学大学院美術専攻総合造形領域修了。京都を拠点に活動する。個としての他者という概念を機軸に、鑑賞者に内在する不安定なもの(状態)を引き出すような表現を通して、肉体や精神の知覚的な移ろいがもつ普遍的価値を見いだすために、金属や樹脂、アクリル絵具など多様な技術と素材を使用し、絵画や立体など幅広いメディアを用いて制作を行っている。主な個展に「When I’m Small / 小さかったころ」(小山登美夫ギャラリー、東京、2021)、主な受賞歴にULTRAAWARD2016NEWORGANICS入選(2016)、CAF賞入選(2017)、群馬青年ビエンナーレ入選(2019)など。
Information
「HANKYU ART FAIR 2024」 会期:2024年5月8日~6月24日
会期:2024年5月29日~6月10日 |