2022年にVOILLDにて開催された安田昂弘の個展「Baring Braing」で発表された平面作品です。

安田昂弘は、アートディレクター、グラフィックデザイナー、ムービーディレクターなど、多彩な顔を持ち幅広い分野で作品制作を行っています。そのエッジーな表現は様々な分野から支持を得ており、広告やプロダクトのアートディレクション、デザインをはじめ、企業やブランドへの作品提供や、国内外でも作品の展示を行うなど精力的に発表をし続け、多岐に渡り活躍の場を広げています。

安田の作品は、シンプルに削ぎ落とされていながらも遊び心のあるデザインや、緻密に組み重なった線や面、独自の配色やモチーフなど、彼の思考とコンピューターグラフィック(CG)としての視覚的な刺激や表現を最大限に利用し構図化したものを、グラフィックデザインと切り離すことのできない出力という手法を用いて制作されます。まるでキャンバスに絵の具を重ねていくような作業を、データのレイヤーで構成されるCGという枠の中で物質的にいかに解釈し、作品として具体化していくかという事に挑戦し、CGとしての存在意義、絵画とのギャップについての思索を続け、絶えず作品制作を行う安田は、ラフィックデザイナーとして他に類を見ない随一の存在と言えます。

本シリーズの作品は、安田自身が身を持って経験した脳の不調から感じた、「無い」という今までには無かった感覚に焦点を当て制作されました。安田はこの夏、当たり前の日常や、当たり前の過ごし方が、突然崩れてしまうという恐ろしさを目の当たりにしました。幸いにも日常生活に戻る事が出来たものの、仕事や普段の生活をこなして行く上で身体の感覚や意識の違いなど、ふとした瞬間に違和感を感じるようになったのです。この出来事をきっかけに、当然のように有ったものが「無い」という感覚を自覚したことで、人間としての生きる希望や、死という存在に改めて気付かされたと言います。ただ流れ、消費してしまっていた時間や記憶を取り戻すかのように、日々の意識を脳に刻み直すという行為を、グラフィックを消えない形として黒いアクリル板に刻み掘り込む事に重ね、作品として具体化することを試みました。象徴的なモチーフや記号を組み合わせ、シンプルなグラフィックに落とし込み、その部分を存在させない事で「無い」感覚を強く訴えかけているのです。そしてモチーフから波紋のように広がるアウトラインは、「有る」はずの物事の輪郭を捉えようとしているようにも、残像や温度分布のようにも見え、「無い」感覚を掴もうとする安田の苦悩を感じ取る事ができます。アクシデントを機に、グラフィックデザインに改めて向き合い、新たな手法で制作された作品群を通して、生きる事をコミカルに、ポジティブに捉え直すことを私たちに提示しているのです。 

7月9日の夕方、脳梗塞になった。

安倍晋三銃撃事件の翌日。事務所の近くの富ヶ谷交差点あたりが、政府関係者っぽい人や警官、マスコミと野次馬、暇人でごった返していた天気の良い土曜日。自分は中国に向けてデザインのオンラインのトークショーを行う日だった。

オンライントークがおわり、デスクから立ち上がった瞬間に脳震盪のような感覚。顎を思いっきり殴られたみたいにグラっときた。何もしてないのに平衡感覚を失っていた。
直後手足が痺れ、喉がつまり喋れなくなっていた。呼吸もつらい。
友達が脳をやった時の話を聞いていたから、これはやっちまった。とすぐに思った。

今までやって来たことや作って来たもの、一緒に仕事している仲間とか友だちとか、これからの事とかがフラッシュした。これは走馬灯とはおそらく違う。
シンプルに直近の心配事がグワっと湧き上がった。

大変なことになった。と思いつつ同時に、
この一生終わらなさそうだった忙殺からちょっと解放されるかも。やっぴー休める。
とかとも正直思っていた。

休日だったが、遠隔でアシスタントにギリギリ連絡することができた。
呼んでくれた救急車では駆けつけてくれたアシスタントがなぜかスピーカーモードで実家の母に電話をかけていた。母の気が動転したような声が聞こえた。
救急隊員には「卒中さんA」と呼ばれながら搬送。
あとから聞いた話では、もう一人のアシスタントが搬送先の病院の受付で俺のではない自分の保険証をテンパって提示してたらしい。なんでだよ。いい話だ。
いつもなら軽快につっこめる自分が、絶え絶え「週末なのにみんなごめんねえ」としか言えないくらい喋れなかった。とにかく、マジ皆に迷惑、かけた。本当に。

突然の出来事ではあったが、とても不思議な生活がはじまった。

なにより表現し難い感覚は、頭の左側が「無い」というものだった。
説明がとても難しいのだが、左が「無い」んだ。

新しい自分とかいうと気持ち悪いんだけど、
この「無い」という感覚はきっと徐々に消えていくんだと思う。
小さいことから一個一個、この「無」を経験した脳にインプットし直す行為は、
「“自称”異常なまでの記憶力を持つ男」である自分にはとても新しい。

ひとときも忘れまいと日々過ごしてきたが、無くなるものはパッと無くなるんで。またコツコツと意識、脳のシワに丁寧に彫り込んでいくしかないんだろう。

今の自分は、良くも悪くも変化には敏感だ。
違和感を受け入れ、新しく前に進むんだ。
まずはずっと五厘刈りだった髪をゆっくり伸ばすところから。

ー安田昂弘

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安田昂弘

Braing Braing_06

2022

¥ 88,000 (税込)

2022年にVOILLDにて開催された安田昂弘の個展「Baring Braing」で発表された平面作品です。

安田昂弘は、アートディレクター、グラフィックデザイナー、ムービーディレクターなど、多彩な顔を持ち幅広い分野で作品制作を行っています。そのエッジーな表現は様々な分野から支持を得ており、広告やプロダクトのアートディレクション、デザインをはじめ、企業やブランドへの作品提供や、国内外でも作品の展示を行うなど精力的に発表をし続け、多岐に渡り活躍の場を広げています。

安田の作品は、シンプルに削ぎ落とされていながらも遊び心のあるデザインや、緻密に組み重なった線や面、独自の配色やモチーフなど、彼の思考とコンピューターグラフィック(CG)としての視覚的な刺激や表現を最大限に利用し構図化したものを、グラフィックデザインと切り離すことのできない出力という手法を用いて制作されます。まるでキャンバスに絵の具を重ねていくような作業を、データのレイヤーで構成されるCGという枠の中で物質的にいかに解釈し、作品として具体化していくかという事に挑戦し、CGとしての存在意義、絵画とのギャップについての思索を続け、絶えず作品制作を行う安田は、ラフィックデザイナーとして他に類を見ない随一の存在と言えます。

本シリーズの作品は、安田自身が身を持って経験した脳の不調から感じた、「無い」という今までには無かった感覚に焦点を当て制作されました。安田はこの夏、当たり前の日常や、当たり前の過ごし方が、突然崩れてしまうという恐ろしさを目の当たりにしました。幸いにも日常生活に戻る事が出来たものの、仕事や普段の生活をこなして行く上で身体の感覚や意識の違いなど、ふとした瞬間に違和感を感じるようになったのです。この出来事をきっかけに、当然のように有ったものが「無い」という感覚を自覚したことで、人間としての生きる希望や、死という存在に改めて気付かされたと言います。ただ流れ、消費してしまっていた時間や記憶を取り戻すかのように、日々の意識を脳に刻み直すという行為を、グラフィックを消えない形として黒いアクリル板に刻み掘り込む事に重ね、作品として具体化することを試みました。象徴的なモチーフや記号を組み合わせ、シンプルなグラフィックに落とし込み、その部分を存在させない事で「無い」感覚を強く訴えかけているのです。そしてモチーフから波紋のように広がるアウトラインは、「有る」はずの物事の輪郭を捉えようとしているようにも、残像や温度分布のようにも見え、「無い」感覚を掴もうとする安田の苦悩を感じ取る事ができます。アクシデントを機に、グラフィックデザインに改めて向き合い、新たな手法で制作された作品群を通して、生きる事をコミカルに、ポジティブに捉え直すことを私たちに提示しているのです。 

7月9日の夕方、脳梗塞になった。

安倍晋三銃撃事件の翌日。事務所の近くの富ヶ谷交差点あたりが、政府関係者っぽい人や警官、マスコミと野次馬、暇人でごった返していた天気の良い土曜日。自分は中国に向けてデザインのオンラインのトークショーを行う日だった。

オンライントークがおわり、デスクから立ち上がった瞬間に脳震盪のような感覚。顎を思いっきり殴られたみたいにグラっときた。何もしてないのに平衡感覚を失っていた。
直後手足が痺れ、喉がつまり喋れなくなっていた。呼吸もつらい。
友達が脳をやった時の話を聞いていたから、これはやっちまった。とすぐに思った。

今までやって来たことや作って来たもの、一緒に仕事している仲間とか友だちとか、これからの事とかがフラッシュした。これは走馬灯とはおそらく違う。
シンプルに直近の心配事がグワっと湧き上がった。

大変なことになった。と思いつつ同時に、
この一生終わらなさそうだった忙殺からちょっと解放されるかも。やっぴー休める。
とかとも正直思っていた。

休日だったが、遠隔でアシスタントにギリギリ連絡することができた。
呼んでくれた救急車では駆けつけてくれたアシスタントがなぜかスピーカーモードで実家の母に電話をかけていた。母の気が動転したような声が聞こえた。
救急隊員には「卒中さんA」と呼ばれながら搬送。
あとから聞いた話では、もう一人のアシスタントが搬送先の病院の受付で俺のではない自分の保険証をテンパって提示してたらしい。なんでだよ。いい話だ。
いつもなら軽快につっこめる自分が、絶え絶え「週末なのにみんなごめんねえ」としか言えないくらい喋れなかった。とにかく、マジ皆に迷惑、かけた。本当に。

突然の出来事ではあったが、とても不思議な生活がはじまった。

なにより表現し難い感覚は、頭の左側が「無い」というものだった。
説明がとても難しいのだが、左が「無い」んだ。

新しい自分とかいうと気持ち悪いんだけど、
この「無い」という感覚はきっと徐々に消えていくんだと思う。
小さいことから一個一個、この「無」を経験した脳にインプットし直す行為は、
「“自称”異常なまでの記憶力を持つ男」である自分にはとても新しい。

ひとときも忘れまいと日々過ごしてきたが、無くなるものはパッと無くなるんで。またコツコツと意識、脳のシワに丁寧に彫り込んでいくしかないんだろう。

今の自分は、良くも悪くも変化には敏感だ。
違和感を受け入れ、新しく前に進むんだ。
まずはずっと五厘刈りだった髪をゆっくり伸ばすところから。

ー安田昂弘

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取り扱い VOILLD
エディション Unique
サイズ 30.5 x 47.3 x 3.0 cm
素材 アクリルパネル *壁掛け(ドッコ式)
商品コード 1100020972
配送までの期間 ご注文後、約10日前後でのお届けを予定しております。
*送料は着払いとなります。予めご了承ください。
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