平野泰子は、日々見て感じ取る「風景」を表現することから、感覚を超越したものについての思考を導いていきます。キャンバスを張り、膠と石膏で下地を施し、乾燥後に入念に研磨したのちに、三原色の油絵具を何層にも塗り重ねた絵画には、多層的な時間が内包されています。
大学時代、大学裏の林のなかで風景画を描いていたときに、描けば描くほど自分が知覚しているものから離れていくような感覚を覚え、「自身がこの世界を描き切ることなど到底できないと感じた」と話します。その後、夜の時間帯に作品を描いたとき、暗闇から自分の目が慣れてくると次第に奥行きや距離感を感じるとともに、暗闇のなかで自身を「見つめる」という感覚を覚えます。そして、そのときの感覚を想起しながら、新たな「風景」として表現していくようになりました。
彼女の原風景には、故郷の風景があると言います。「北陸地方は曇りが多く、晴れると立山連峰がはっきり見える。そして、ぼんやりとしていても絶対にそこに存在する山に、見えないものの気配を感じていた」と話します。「幼少期に山への思いを馳せていると、距離感を飛び越えて、まるでその頂上にいるような感覚があった。その感覚が、絵画にもあるんです」と話します。絵画を描いていくなかで生まれる、ふと思い出したその人に近づけるような気づきや、過去の瞬間にふと戻れたような、得も言われぬ感覚。そうした瞬間の存在に強度を持たせるように、平野は風景を描いていきます。
5月12日からTEZUKAYAMA GALLERYで始まる個展のタイトルは、「山ではなく頂が平面であること」。これは、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリが『千のプラトー』(1980)で提唱する哲学的な概念を説明するものです。そのときどきの視点と時間が多層的に積み上げられた対象から、層を1枚抜き出して平面作品として発表する自身の表現との相似から着想を得てつけられた「山ではなく頂が平面であること」。平野の表現にふれ、思いをめぐらせてみてください。
《Superposition 2314》(2023)
《Superposition 2312》(2023)
《Superposition 2305》(2023)
《Present》(2023)
プロフィール
平野泰子
1985年富山県生まれ、神奈川県在住。京都精華大学芸術学部造形学科洋画専攻を卒業。作品の根底には「風景」があるが、絵具を幾層にも塗り重ねる行為によって生まれる空間や現象に注目するようになる。制作のなかから生まれる眼差しや、不確かなものに強度を持たせるために制作している。
Information
平野泰子個展「山ではなく頂が平面であること」
会期:2023年5月12日~6月10日 |