• HOME
  • 記事一覧
  • ARTICLE
  • ストレートフォトに魅せられて。|「タカ・イシイギャラリー」石井孝之インタビュー

石井孝之

ストレートフォトに魅せられて。|「タカ・イシイギャラリー」石井孝之インタビュー

タカ・イシイギャラリーは1994年に開廊。荒木経惟、森山大道など日本を代表する写真家のほか、五木田智央、法貴信也、村瀬恭子らの画家、そして荒川医、木村友紀など、新進気鋭の日本人作家の展覧会を開催。またトーマス・デマンド、ダン・グラハムなど国際的に評価の高い作家から、ルーク・ファウラーやマリオ・ガルシア・トレスらの今後の活躍が期待される若手作家などの展覧会も多く企画している。今年で25周年を迎える同ギャラリーの代表を務める石井孝之に、自身とギャラリーの来歴、アーティストや作品との関わり方について話を聞いた。

 

東京・六本木、タカ・イシイギャラリーがスペースを構えるビル「complex665」外観

「コンセプトは“写真”」

――まず、ギャラリーの基本的なコンセプトについて教えてください。

 ひとつコンセプトをあげるとすれば、「写真」でしょうか。なかでも森山(大道)さん、荒木(経惟)さん、ラリー・クラークといった作家たちのストレートフォトがメインです。

 ストレートフォトというものは、シャッターを押したら完成する作品。それは一見すると簡単に見えて、写真表現においては一番難しいことではないかと思うんです。写真にペイントをしたりコラージュしたりするのではなく瞬間で勝負することで、写真からその人の本質や生活が見えてしまう。その究極さに魅力を感じます。

 いっぽう、そうした写真家に加え、ペインターやパフォーマーといった多分野のアーティストが手がける写真の魅力も紹介します。ですからギャラリーの基本コンセプトは“写真”ですね。

――作品の選定基準はありますか?

 良いと思う作品を選ぶ、というシンプルなものですね。ただ、作品の良さは前提としながらも、作家との関係性を重視しています。作品の取り扱いを始めたら、なかなか長いお付き合いになりますし、結局は対人間。お互いに言いたいことを言える関係が大切ですよね。

 そうして関係を築いてきた取り扱い作家は現在およそ70名で、2〜3年に一度、それぞれの作家にギャラリーで新作を発表してもらっています。

――タカ・イシイギャラリーには、セカンドスペース「タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルム」もあります。そのスペースはどのような役割なのでしょうか?

 「タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルム」は純粋に、写真だけを発表し続けている写真家の作品を展示しています。2011年の設立当初は、戦後の日本の写真家をメインに紹介していくつもりでしたが、しだいに現代の写真家も増えてきました。

――石井さんはこれまでに「代官山フォトフェア」といった写真のフェアを行うなど、ギャラリー以外の場所でも積極的に活動されています。それはどういった思いからなのでしょうか?

 日本の素晴らしい写真家を海外の人々、特にアート業界で知ってもらうために活動してきました。6月のアートバーゼルでは、チューリッヒの「MAI 36」というギャラリーとコラボレーションして、「1960年代からいま」という写真のプレゼンテーションをします。そこでは、日本の1940年〜70年代のヴィンテージプリントを展示する予定です。

 アメリカでは何度か、日本の写真のヒストリーを見せるという展覧会を開催していたんですが、いままでヨーロッパでは機会がなかったので、誰かが関心を持ってくれたらいいな、と思って取り組んでいます。

代官山フォトフェアの様子 Courtesy of FAPA, Photo: Kenji Takahashi

 

「様々な巨匠の作品が目の前を通っていく」

――それでは石井さんご自身についてもお聞きします。石井さんの、美術との出会いを教えていただけますか?

 1980年代、ロサンゼルスの美術大学に留学していました。自分はファッション専攻だったのですが、1年目はグラフィックやファインアートも含めて、全員がすべての科目を受講するんです。すると途中からファッションよりもファインアートのほうがすごくおもしろく感じられてしまって、いろんな美術館に行ったり、自分で制作したりして、次の年から専攻をファインアートに変えました。アートとのいちばん最初の出会いはその大学1年生ですね。

――ファインアートをおもしろく感じるきっかけはなんだったのでしょうか?

 ロサンゼルス現代美術館(MOCA)が設立される前、「テンポラリー・コンテンポラリー(現・ゲフィン現代美術館)」という、倉庫を改装したスペースがリトル・トーキョーにあったんです。そこでは、ラリー・クラークの「タルサ」を100点近く丸々展示する展覧会が行われていました。セックスやドラッグ、暴力、犯罪など、それまで美術館で見たことがなかったようなものが、おもむろにキャプチャーされて印画紙で展示されているということに「この作家は誰だ?」とすごく衝撃を受けた。すぐにラリー・クラークのファンになりました。

留学時代を思い出す石井孝之 「タカ・イシイギャラリー」のビューイングルームにて

――ラリー・クラークの写真が、石井さんに強い衝撃を与えたのですね。先ほどご自身で制作もされていたと聞きましたが、それも写真作品だったのでしょうか?

 いえ、ペインティングでした。下手くそのペインターでした。最悪でしたね(笑)。当時はロサンゼルスのウォール・ストリート辺りのよく発砲事件があるようなすごく危ない土地で、もともとベッド貸しのスペースだったような天井が高くて大きいボロボロの一部屋を借りて、勝手にアーティストロフトとして使用していたんです。隣には絵画の先生が住んでいて、外からはアカペラのソウル・ミュージックが聞こえてきて、それを聴きながら制作していたことを覚えています。日本にはない環境に身を置くことができたので、いい経験だったと思います。

――つくり手からギャラリストへの転換には、どのような経緯があったのでしょうか?

 留学中、アルバイトとして始めたプライベートディーリングがきっかけです。「デイヴィッド・ホックニーの版画を買って送ってほしい」というような日本の顧客のリクエストに応えながら、様々な巨匠の作品が目の前を通っていくのを見る日々。するとしだいに、自分で制作するよりも、作家をプロデュースするほうが面白いのではないか、と感じたんですね。当時の日本には、欧米のコマーシャルギャラリーのようにコンテンポラリーな作品を見せているところがすごく少なかった。だから自分が挑戦してみようと思ったんです。

 そして1994年の6月に「タカ・イシイギャラリー」をスタートし、オープニング展ではラリー・クラークの個展を行いました。

オープニング展の2年後に石井が刊行した『タルサ』タカ・イシイギャラリー刊(1996年) Courtesy of Taka Ishii Gallery

 

「作品との出会いはその場かぎりのもの」

――ご自身でも作品を購入することがありますか?

 はい。ギャラリーやアートフェアを訪れ、ぱっと見て「いいな」と思うものを買います。あるいは直接作家のスタジオを訪れて買うこともあります。そのなかにはギャラリーで取り扱う作品とはまったく別のテイストの作品や、無名の新人作家の作品もありますが、作品との出会いはその場かぎりのものだという意識がいつもあるので、直感を大切にしています。人には「ちゃんと調べて、熟知してから買ったほうがいい」とアドバイスをしていますが(笑)。

――それらの作品はご自宅に飾っているのでしょうか?

 そうですね。ベッドルームの壁に平面作品、床にセラミックの彫刻を置いています。じつはいま私が暮らす家は、建築家の平田晃久さん設計によるほぼガラス張りの家。仕事柄、どこに行ってもホワイトキューブがあるので、自宅はその反対にしたかったんです。飾るスペースは少ないのですが、季節の変化に合わせて展示替えをして楽しんでいます。

――ちなみに、初めて買った作品はなんだったか覚えていらっしゃいますか?

 覚えていますよ。24、5歳のとき、シャガールのエッチングで、何か聖書に関して描いてある手彩色の作品でした。4500ドル(当時約80万円)ほどで、アルバイトで貯めたお金と、あとは親にちょっと手伝ってもらい購入しました。

 結局その作品は売って、代わりにウィレム・デ・クーニングの版画を買ったのですが、いまでもシャガールは好きですね。あと、絵画では印象派が好きです。印象派が描く光には写真に通じるものを感じます。

石井の自宅に飾られているクサナギシンペイ の作品 Shinpei Kusanagi“Sans Toi M’amie”, 2017Acrylic on canvas61 x 61 cm© Shinpei Kusanagi / Courtesy of Taka Ishii Gallery

 

「一歩踏み出すと、見える世界が変わってくる」

――いまの日本のアートマーケットに対してどのような印象を持っていますか?

 自分がギャラリーを立ち上げた頃と比べると、盛り上がりはあると思います。以前よりお金に余裕のある若い方が増えましたし、彼らの多くはコンテンポラリーアートに興味を持っていると思うので、昔より確実にマーケットは大きくなっていますよね。ただ、「日本のアート・マーケット」といったときに、その盛り上がりを実感しないのが正直なところです。私のギャラリーで作品を購入してくださるコレクターは、主に海外の方だからです。

 でも最近のアートバブルは異常ですよね。おそらくアートを買っている人の70パーセント近くが投資目的ではないかと思うほどです。結局、アートがコモディティ化してしまっている、と言うのかな。その状況に耐えられず、ギャラリーを辞めてしまう人も多いですね。

――石井さん自身は「投資で作品を買う」ということについてどう思いますか?

 投資の意図がまったくないという人は少ないと思いますから、そこまでネガティブな印象はないですね。買ってすぐに売るのではなく、ある程度の期間は作品を楽しんで、そのときどきのコレクションのラインナップに合わなくなってきたから売るという選択肢もあります。

 ただ、投資目的だけで作品を買う人というのはギャラリー側もわかるので、大事な作品は売らないのではないでしょうか。本当にその作品が好きな人に作品を買ってほしいですから、「お金がないけどどうしてもほしい」という人には、ローンの相談にものります。

――その作品を好きという気持ちが大切ということですね。

 そうですね。あと、現代美術作品は、わかればもっと好きになる。作品についてわからないことがあれば、うちのスタッフは喜んで答えますので、なんでも聞いてほしいです。

――これからアート作品を初めて買うという方に向けて何かアドバイスがあればお願いします。

 アート作品を手に入れるということは、その作家や作品に対しての責任が伴ってくるので、なかなか気軽には買えないかもしれません。でも、その一歩を踏み出すと、見える世界が変わってくると思います。予算以内であれば買ってみて、壁にかけてみると、部屋の雰囲気がガラッと変わり、アート作品のパワーを感じる。その違いを感じてほしいです。

 あとは、実際に作品をたくさん見ることですね。骨董でも現代美術でもなんでも、見ることは大事です。そうすると、自分の好みもだんだんわかってくると思いますよ。

石井孝之

編集部

Information

タカ・イシイギャラリー

住所:東京都港区六本木6-5-24 3F
電話番号:03-6434-7010
開館時間:11:00〜19:00
休館日:日、月、祝祭日

石井孝之

石井孝之