ハンガリー人アーティスト、リタ・アッカーマン(Rita Ackermann)とドイツを拠点とするジョージア人アーティスト、アンドロ・ウェクア(Andro Wekua)の作品集。2021年、ファーガス・マカフリー東京(Fergus McCaffrey Tokyo)にて開催される2人の展覧会「Rita Ackermann & Andro Wekua: Chapter 4」に伴い刊行された。キュレーターのジャンニ・ジェッツァー(Gianni Jetzer)によるテキストを収録。

以下プレスリリースより抜粋

ファーガス・マカフリー東京はリタ・アッカーマン、アンドロ・ウェクアによる二人展を開催します。長年にわたる同志、時にはコラボレーター、そしてそれぞれが確立した強いパーソナリティーを持つ作家が集い、2人の間で20年以上にわたって続けられるインスピレーションとクリエティビティーの対話を明らかにします。2人はソヴィエト理想主義の崩壊、体制下における抑圧、祖国からの亡命、移民としての経験を共有しています。リタ・アッカーマンとアンドロ・ウェクアはともに 1990年代に東側諸国を去り、異国での創作活動を始めます。アッカーマンの作品にはハンガリーでの時間を連想させる要素はあまり見られず 1980年代から今に至るまでのアメリカでの体験が色濃く見られます。それに対してウェクアの作品からは、現実か想像かがはっきりしない謎めいた過去への憧憬が感じられます。ゲオルク・バゼリッツやジグマー・ポルケと並び、民話やおとぎ話からの引用、ハイ・ローカルチャーの混在、統率のとれたリアリズムと触覚的で魅惑的なアメリカのジェシュチュラルな抽象表現の間を突き進む道を切り開いた「東部」アーティスト勢に、アッカーマンとウェクアは数えられます。また同じくヨーロッパから亡命し、具象表現、風景画、純粋な抽象表現の中に物質的、精神的な効果を生み出したウィレム・デ・クーニング、マーク・ロスコとの関連性は言うまでもありません。ウェクアの作品制作は動物、ヤシの木、物思いに沈む青年、見放された場所のイメージのコラージュから始まり、それは徐々にロスコの色使いを彷彿とさせる鮮やかなピンク、紫、アシッドイエロー、ターコイズ、マゼンタの層の下へと消え、変容していきます。彼の一見活気に満ちた色彩には、先人の作家達のそれと同じく、矛盾する必死さ、絶望が結びついています。多くは具体的な場所と時間の記憶から生まれる個人的な作品ですが、イメージの持つ断固とした曖昧さは、そこに普遍性を与えています。過去の巨匠による作品と大きさ、技法は異なりますが、その両方は極度の緊張と、あがきを観るものに感じさせます。表面を削り落とされダメージを与えられた作品からは、重厚な物質性と意味を見るものに突きつけます。彼の最も強い関心である肖像画、自画像は、疎外感と思慕の念をささやいているかのようで、見るものに不安感を与えます。人物画にあるはずの「確かさ」は失われており、アイデンティティはいくつもの要素が混ざり合っているように多義的で、曖昧さを内包し、意味が置き換えられ、明白な真実は回避されています。アッカーマンの作品も同様に、層が重なり、イメージはコード化され、元になった既存のイメージが鑑賞者にさらされています。多くの場合、そこには相反する要素が共存しているように映るのは、無遠慮な好奇な目と監視に対する自己防衛が反映されているからなのかも知れません。「Do’s and Don’ts (すべきこと、すべきでないこと)」とタイトルづけされた作品群(2008-2009年)では、彼女はまず雑誌、本のコピーに掲載されるモンタージュの切り抜きでキャンバスを構成し、そこにグラファイトとオイルクレヨンによる線、シルエット、テクスチャーを足していくことで引用されたイメージと彼女自身の生み出したイメージとの境目をあやふやにしていきます。過去 15 年間彼女の作品に登場する女性(少女)たちはシリーズ名でもある「Nurses」「Sisters」「Mamas」にグループ分けされ、その肩書きを反映し、従い、反発し、そして時には女性らしさという空虚なステレオタイプを無視してきました。作品に登場する女性たちはアッカーマン自身にとてもよく似ていますが、大きな瞳の漫画のキャラクターに置き換えられた「彼女(she)」は謎めいた静けさと無口さをたたえています。アッカーマンは自由に手で直接絵の具を配し、大胆にオイルスティック使い、チョークで曲がりくねったドローイングを描いて、現実と非現実が織りなす不協和音のレイヤー上でジェスチャーを繰り広げていきます。2002年、共通の友人であったジャンニ・ジェッツァーの紹介を通して、とても似たマインドを持つ2 人は出会い、それはすぐにコラージュやドローイングを FAX で送り合うやりとり、ジン「Chpater1」の自費出版、その後「Chapter2」「Chapter3」の Nieves(スイス)からの出版へと発展していきます。写真、音楽、詩、日常会話に触発される二人は、電話、留守番電話、携帯のメッセージ、E メール、画像の交換など様々な方法を通して離れた相手へのコミニケーションを行います。それはまるで物理的な距離がより、二人が似通ったイメージや出来事に心を惹かれるということを強調しているかのようです。本展で展示される作品は 2008 年から今年に制作された絵画とコラージュ作品ですが、アッカーマンとウェクアは初めて出会うそのずっと前から共通した理解、解釈を持っていたのです。作家たちの間で 21 世紀に交わされたやりとりが東京で形となるのを、本人たちが直接見ることは叶いませんが、本展をご覧いただくみなさまには二人の作品群が強く共鳴することを体感いただけるでしょう。

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¥ 7,700 (税込)

ハンガリー人アーティスト、リタ・アッカーマン(Rita Ackermann)とドイツを拠点とするジョージア人アーティスト、アンドロ・ウェクア(Andro Wekua)の作品集。2021年、ファーガス・マカフリー東京(Fergus McCaffrey Tokyo)にて開催される2人の展覧会「Rita Ackermann & Andro Wekua: Chapter 4」に伴い刊行された。キュレーターのジャンニ・ジェッツァー(Gianni Jetzer)によるテキストを収録。

以下プレスリリースより抜粋

ファーガス・マカフリー東京はリタ・アッカーマン、アンドロ・ウェクアによる二人展を開催します。長年にわたる同志、時にはコラボレーター、そしてそれぞれが確立した強いパーソナリティーを持つ作家が集い、2人の間で20年以上にわたって続けられるインスピレーションとクリエティビティーの対話を明らかにします。2人はソヴィエト理想主義の崩壊、体制下における抑圧、祖国からの亡命、移民としての経験を共有しています。リタ・アッカーマンとアンドロ・ウェクアはともに 1990年代に東側諸国を去り、異国での創作活動を始めます。アッカーマンの作品にはハンガリーでの時間を連想させる要素はあまり見られず 1980年代から今に至るまでのアメリカでの体験が色濃く見られます。それに対してウェクアの作品からは、現実か想像かがはっきりしない謎めいた過去への憧憬が感じられます。ゲオルク・バゼリッツやジグマー・ポルケと並び、民話やおとぎ話からの引用、ハイ・ローカルチャーの混在、統率のとれたリアリズムと触覚的で魅惑的なアメリカのジェシュチュラルな抽象表現の間を突き進む道を切り開いた「東部」アーティスト勢に、アッカーマンとウェクアは数えられます。また同じくヨーロッパから亡命し、具象表現、風景画、純粋な抽象表現の中に物質的、精神的な効果を生み出したウィレム・デ・クーニング、マーク・ロスコとの関連性は言うまでもありません。ウェクアの作品制作は動物、ヤシの木、物思いに沈む青年、見放された場所のイメージのコラージュから始まり、それは徐々にロスコの色使いを彷彿とさせる鮮やかなピンク、紫、アシッドイエロー、ターコイズ、マゼンタの層の下へと消え、変容していきます。彼の一見活気に満ちた色彩には、先人の作家達のそれと同じく、矛盾する必死さ、絶望が結びついています。多くは具体的な場所と時間の記憶から生まれる個人的な作品ですが、イメージの持つ断固とした曖昧さは、そこに普遍性を与えています。過去の巨匠による作品と大きさ、技法は異なりますが、その両方は極度の緊張と、あがきを観るものに感じさせます。表面を削り落とされダメージを与えられた作品からは、重厚な物質性と意味を見るものに突きつけます。彼の最も強い関心である肖像画、自画像は、疎外感と思慕の念をささやいているかのようで、見るものに不安感を与えます。人物画にあるはずの「確かさ」は失われており、アイデンティティはいくつもの要素が混ざり合っているように多義的で、曖昧さを内包し、意味が置き換えられ、明白な真実は回避されています。アッカーマンの作品も同様に、層が重なり、イメージはコード化され、元になった既存のイメージが鑑賞者にさらされています。多くの場合、そこには相反する要素が共存しているように映るのは、無遠慮な好奇な目と監視に対する自己防衛が反映されているからなのかも知れません。「Do’s and Don’ts (すべきこと、すべきでないこと)」とタイトルづけされた作品群(2008-2009年)では、彼女はまず雑誌、本のコピーに掲載されるモンタージュの切り抜きでキャンバスを構成し、そこにグラファイトとオイルクレヨンによる線、シルエット、テクスチャーを足していくことで引用されたイメージと彼女自身の生み出したイメージとの境目をあやふやにしていきます。過去 15 年間彼女の作品に登場する女性(少女)たちはシリーズ名でもある「Nurses」「Sisters」「Mamas」にグループ分けされ、その肩書きを反映し、従い、反発し、そして時には女性らしさという空虚なステレオタイプを無視してきました。作品に登場する女性たちはアッカーマン自身にとてもよく似ていますが、大きな瞳の漫画のキャラクターに置き換えられた「彼女(she)」は謎めいた静けさと無口さをたたえています。アッカーマンは自由に手で直接絵の具を配し、大胆にオイルスティック使い、チョークで曲がりくねったドローイングを描いて、現実と非現実が織りなす不協和音のレイヤー上でジェスチャーを繰り広げていきます。2002年、共通の友人であったジャンニ・ジェッツァーの紹介を通して、とても似たマインドを持つ2 人は出会い、それはすぐにコラージュやドローイングを FAX で送り合うやりとり、ジン「Chpater1」の自費出版、その後「Chapter2」「Chapter3」の Nieves(スイス)からの出版へと発展していきます。写真、音楽、詩、日常会話に触発される二人は、電話、留守番電話、携帯のメッセージ、E メール、画像の交換など様々な方法を通して離れた相手へのコミニケーションを行います。それはまるで物理的な距離がより、二人が似通ったイメージや出来事に心を惹かれるということを強調しているかのようです。本展で展示される作品は 2008 年から今年に制作された絵画とコラージュ作品ですが、アッカーマンとウェクアは初めて出会うそのずっと前から共通した理解、解釈を持っていたのです。作家たちの間で 21 世紀に交わされたやりとりが東京で形となるのを、本人たちが直接見ることは叶いませんが、本展をご覧いただくみなさまには二人の作品群が強く共鳴することを体感いただけるでしょう。

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取り扱い twelvebooks
エディション limited edition of 1,000 copies
サイズ 39.0 x 30.0 x cm
重量 1.0kg
商品コード 1100009474
出版 CASE PUBLISHING / FERGUS MCCAFFREY
著者 Rita Ackermann, Andro Wekua
ISBN 2021
配送までの期間 ご注文確定後、2-7日以内
カテゴリー
送料 ¥550(税込)

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