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西村陽平と無名性——造化にしたがひて

 

土田眞紀(同志社大学講師/美術史)

 

  今回の展覧会に一冊の本が展示される。西村は準備のために築百年以上の古民家に残された本の頁を繰っていて、ある頁に四つ葉のクローバーの押し花が挟まれていることに気づいた。本の中身はアンドレ・ジイドの『未完の告白』、発行年は1938年、押し花の頁のある箇所にはかすかに傍線が引かれていた。その本が作品として出品されている。この話を聞いてふと思い出したのは、「山路来てなにやらゆかし菫草」という芭蕉の句である。芭蕉は山路を歩き、西村は本の頁を繰っていて、それぞれ菫草とクローバーに出会った。二つの出来事は出来事のままに、片や俳句となり片や今回の展示に繋がった。時空を遠く隔てた二つの出来事の間に通じるものがあるように思われた。

 芭蕉は「造化にしたがひ、造化にかへれとなり」(『笈の小文』)とし、旅を住処として自然と人為(作為)の区別のない境を求めたとされる。一方、西村はこれまで制作にあたって、人が自らつくった有用のもの、人工、人為の側にあるもの、しかしすでに人々が関心を失って無用となったものを繰り返し取り上げてきた。今回の展覧会も、ジイドの本以外は同じ家に残された道具類を用いて作品を制作している。用途不明の錆びた鉄の道具や水筒をごく一部を残して土と新聞紙等で覆い窯で焼成した作品は、数百年後、数千年後にたまたま土中から発掘された姿にも見える。焼成後間もない写真を見たときには、熱がまだ残っているのか血の通った生き物のような生々しさも感じられた。

 焼成によってものは変貌を遂げる。窯のなかで小麦粉はパンになり、 粘土はやきものになり、木片は炭になる。そうして数々の有用のものを人はつくり出してきたが、ひとつ間違えばすべては焼け焦げ、灰になり、無惨な姿を晒すことにもなる。プロメテウスの神話によれば火を扱うわざは人が持つべきものでなかった。あらゆる技術を手にした今もなお人には制御不可能な領域が火には存在する。西村は長らく王冠、本、バケツ、工具、林檎、石など、身近にある様々なものを焼成し、有用性と破壊との狭間で思いもかけない変貌を遂げた姿形のままに作品化してきた。焼成は西村自身の意志に基づいて行われるものではあっても、その手の届かない千度を越す窯のなかで、ものが自ずと変化するままに任せることを西村はよしとする。飽くことなく焼成を重ねるその姿勢には、本来造化の主である神のみがもつべきわざにしたがって人為と人為でないものの境が曖昧となり、ものが造化にかえっていく様を見届けようとする強靭な意志すら感じ取れるように思う。造化にしたがう限りにおいて、焼成後の王冠の真っ黒に膨らんだ姿も、文字を失った文庫本の浄化されたかのように白く縮んだ姿も、その間に優劣はないそれぞれの無二の姿である。それらは人のためではない、もの自らが望んだ個の姿にも思える。一切を灰に帰す破壊と背中合わせにものを人為から解き放つ焼成は、長らく人の傍らにあって人のために用立てられてきた道具への手向けともいえるのではないか。土と紙で繭のように道具を包み焼成した今回の作品群にはとりわけそのことを感じた。 道具類とは異なり、本には西村は何も手を加えていない。ただ偶然にその本の頁を繰り、クローバーを見つけ、そして今回の展示に作品として加えた。発行から八十年の間の様々な人為を記憶したその本を、芭蕉にとっての菫草と同じ一つのいのちとして受け止めたとき、西村はやはり造化にしたがっていたのではないだろうか。その点で焼成された西村の作品と本に違いはない。造形作家としての西村には、淡々と焼成の実験を遂行するかのような手法を通してものの変貌の様を冷静に見つめ、同時に自らの視覚と触覚のあり様への自覚と自省をたゆまず深めていく理智の力がすぐれてはたらいているが、もう一方で彼の制作を支えてきたのは芭蕉に相通じる詩の心であるように思われる。クローバーを見つけたとき、いつもは目と手と理智の奥に控えている詩の心が真っ先に動き、人為と造化の境が紛れたとすれば、若い頃から「美術における無名性」について考えていた西村にとってこの出会いは僥倖といえるものではなかっただろうか。

 

 

 

 

記憶と時間―岩波文庫の焼成からの断片的な考察

 

西村陽平

 

 岩波文庫は1927年に創刊され、現在まで92年にわたり刊行されている。この岩波文庫の発行年に焦点を当てて「記憶と時間」を検証しようという試みです。書かれている内容、言葉からではなく、発行年と本そのものの物質に焦点を当てる。具体的方法としては、1927年から2019年のそれぞれの年代の岩波文庫を1230度の高温で焼成する。本は燃えてもなくならない。紙質、焼成温度により様々な形態を示す。紙の原料はパルプであり、木材などの植物原料である。木材は、焼き物の釉薬の原料でもある。焼成の設定温度により、本は化石のように残る。

 文庫本が発行された1927年から2019年の92年間には第二次世界大戦が含まれている。今回焼成したリラダン「未来のイヴ」は19411210日に発行されている。真珠湾攻撃は、1941128日である。「未来のイヴ」は真珠湾攻撃の2日後に発行されたことになる。ロマン主義的なリラダンの作品と戦時下ということで意外な思いを持った。「未来のイヴ」は78年前に発行されているので、紙もほころび、本文と表紙がバラバラになりそうだ。最後のページには手書きで「1952.4 東林ニテ」と記されていた。リラダンの「かくして『幻』はうまれぬ!」のごとく生身の人を感じた。しかし、「未来のイヴ」が焼成されることにより、文字は消え、蛇腹のような形で白く広がっていた。もう1冊、1979110日発行の「資本論」を焼成してみると、背表紙を中心に扇状に広がっていた。

 記憶の媒体としての書物、ここでは岩波文庫だが、その白く透明の薄いページを見つめても、そこには文字はない。1927年から2019年の焼成された岩波文庫から何が読み取れるのだろうか。

 

 

 

《私という一冊の書物は、火によって読まれなければなりません》

✴︎『目覚めると雷鳴のなかにいた』

 

 

西村陽平 / Yohei Nishimura

 

1947 京都市生まれ

1973 東京教育大学教育学部芸術学科卒業

2001 日本女子大学家政学部児童学科教授(2018年まで)

2018   日本女子大学  名誉教授

 

1977 「第4回日本陶芸展」外務大臣賞受賞、「現代美術の鳥瞰展」京都国立近代美術館

1980 「西村陽平展」ギャラリーせいほう/東京、「CLAY WORK やきものから造形へ」西武大津・西武池袋

1982 「イタリア巡回現代陶芸展」ローマ・ファエンツァ/イタリア

1983 「今日の美術-日本とイギリス」東京都美術館、「カナダ巡回現代陶芸展」主催:国際交流基金

1984 「現代の陶芸Ⅱ」山口県立美術館

1985 「第2回アジア美術展」福岡市美術館

1987 「西村陽平展」INAXギャラリー/東京、「今日の造形 土と炎展」岐阜県美術館

1989 「ユーロパリア’89ジャパン」モンス市立美術館/ベルギー

1990 「作法の遊戯-’90・美術の現在」水戸芸術館、「サントリー美術館大賞展 ’90–挑むかたち」サントリー美術館

1992 「西村陽平展」伊勢丹新宿美術画廊、「手で見る静寂 西村陽平と子どもたち展」福岡市美術館

1993 「西村陽平の世界 伝道の書展」三菱地所アルティアム/福岡、「西村陽平展」Keramic Galerie Bowin/ハノーバー・ドイツ

1995 「戦後文化の軌跡19451995」目黒区美術館

1996 「サントリー美術館大賞特別展’96挑むかたち」サントリー美術館、「アートシーン9096」水戸美術館

1998 「チバ・アート・ナウ’97現代美術というジャンル」佐倉市立美術館

2000 「現代美術百貨店」山梨県立美術館

2001 「本という美術」うらわ美術館

2002 「現代陶芸の100年展」岐阜県現代陶芸美術館

2006 「陶磁-日本陶芸の伝統と前衛」フランス国立陶磁器美術館、「近代工芸の百年」東京国立近代美術館工芸館

2009 「去った熱–西村陽平展」Cavin-Morris Gallery/New York

         ADVENTURE OF THE FIRE」ワールド セラミック ビエンナーレ/韓国

2010 「これは本ではない」うらわ美術館

2011 「TIME & MEMORY 西村陽平展」芸術館/香港

2012 「彫刻を聞き、土を語らせる 西村陽平展」愛知県陶磁美術館

       「西村陽平が出会った子どもたち展」愛知県陶磁美術館、「Apo-CalypseBeard silverware factory/スイス

2013 「時間と記憶 西村陽平展」CavinMorris Gallery/New York

2014 「西村陽平展」ESPACE MURAILLE/スイス

2016 「死者の書 西村陽平展」Vevery/スイス

2018 「触れる美術展2018」ギャラリープラザ長野(主催:長野県信濃美術館)

2019 「花の骨 / 私という一冊の書物は、火によって読まれなければなりません」画廊香月

       「ART FAIR ASIA FUKUOKA 2019」画廊香月より出展

 

Public collections

東京国立近代美術館工芸館、東京都現代美術館、山口県立美術館、呉市立美術館、パリ装飾美術館、エバーソン美術館/New York

和歌山県立近代美術館、ビクトリア&アルバート美術館/London、愛知県立美術館、国立国際美術館、滋賀県立近代美術館

山梨県立美術館、東京オペラシティアートギャラリー、高松市美術館、滋賀県立陶芸の森美術館、うらわ美術館、千葉市美術館

愛知県陶磁美術館、群馬県立館林美術館、フランス国立陶磁美術館、コーネル大学美術館、岐阜県現代陶芸美術館

アリアナ美術館/ジュネーブ、ニヨン陶磁美術館 /ニヨン,スイス

 

 

 

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西村陽平

岩波文庫「小論理学上巻ヘーゲル1951」

2019

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西村陽平と無名性——造化にしたがひて

 

土田眞紀(同志社大学講師/美術史)

 

  今回の展覧会に一冊の本が展示される。西村は準備のために築百年以上の古民家に残された本の頁を繰っていて、ある頁に四つ葉のクローバーの押し花が挟まれていることに気づいた。本の中身はアンドレ・ジイドの『未完の告白』、発行年は1938年、押し花の頁のある箇所にはかすかに傍線が引かれていた。その本が作品として出品されている。この話を聞いてふと思い出したのは、「山路来てなにやらゆかし菫草」という芭蕉の句である。芭蕉は山路を歩き、西村は本の頁を繰っていて、それぞれ菫草とクローバーに出会った。二つの出来事は出来事のままに、片や俳句となり片や今回の展示に繋がった。時空を遠く隔てた二つの出来事の間に通じるものがあるように思われた。

 芭蕉は「造化にしたがひ、造化にかへれとなり」(『笈の小文』)とし、旅を住処として自然と人為(作為)の区別のない境を求めたとされる。一方、西村はこれまで制作にあたって、人が自らつくった有用のもの、人工、人為の側にあるもの、しかしすでに人々が関心を失って無用となったものを繰り返し取り上げてきた。今回の展覧会も、ジイドの本以外は同じ家に残された道具類を用いて作品を制作している。用途不明の錆びた鉄の道具や水筒をごく一部を残して土と新聞紙等で覆い窯で焼成した作品は、数百年後、数千年後にたまたま土中から発掘された姿にも見える。焼成後間もない写真を見たときには、熱がまだ残っているのか血の通った生き物のような生々しさも感じられた。

 焼成によってものは変貌を遂げる。窯のなかで小麦粉はパンになり、 粘土はやきものになり、木片は炭になる。そうして数々の有用のものを人はつくり出してきたが、ひとつ間違えばすべては焼け焦げ、灰になり、無惨な姿を晒すことにもなる。プロメテウスの神話によれば火を扱うわざは人が持つべきものでなかった。あらゆる技術を手にした今もなお人には制御不可能な領域が火には存在する。西村は長らく王冠、本、バケツ、工具、林檎、石など、身近にある様々なものを焼成し、有用性と破壊との狭間で思いもかけない変貌を遂げた姿形のままに作品化してきた。焼成は西村自身の意志に基づいて行われるものではあっても、その手の届かない千度を越す窯のなかで、ものが自ずと変化するままに任せることを西村はよしとする。飽くことなく焼成を重ねるその姿勢には、本来造化の主である神のみがもつべきわざにしたがって人為と人為でないものの境が曖昧となり、ものが造化にかえっていく様を見届けようとする強靭な意志すら感じ取れるように思う。造化にしたがう限りにおいて、焼成後の王冠の真っ黒に膨らんだ姿も、文字を失った文庫本の浄化されたかのように白く縮んだ姿も、その間に優劣はないそれぞれの無二の姿である。それらは人のためではない、もの自らが望んだ個の姿にも思える。一切を灰に帰す破壊と背中合わせにものを人為から解き放つ焼成は、長らく人の傍らにあって人のために用立てられてきた道具への手向けともいえるのではないか。土と紙で繭のように道具を包み焼成した今回の作品群にはとりわけそのことを感じた。 道具類とは異なり、本には西村は何も手を加えていない。ただ偶然にその本の頁を繰り、クローバーを見つけ、そして今回の展示に作品として加えた。発行から八十年の間の様々な人為を記憶したその本を、芭蕉にとっての菫草と同じ一つのいのちとして受け止めたとき、西村はやはり造化にしたがっていたのではないだろうか。その点で焼成された西村の作品と本に違いはない。造形作家としての西村には、淡々と焼成の実験を遂行するかのような手法を通してものの変貌の様を冷静に見つめ、同時に自らの視覚と触覚のあり様への自覚と自省をたゆまず深めていく理智の力がすぐれてはたらいているが、もう一方で彼の制作を支えてきたのは芭蕉に相通じる詩の心であるように思われる。クローバーを見つけたとき、いつもは目と手と理智の奥に控えている詩の心が真っ先に動き、人為と造化の境が紛れたとすれば、若い頃から「美術における無名性」について考えていた西村にとってこの出会いは僥倖といえるものではなかっただろうか。

 

 

 

 

記憶と時間―岩波文庫の焼成からの断片的な考察

 

西村陽平

 

 岩波文庫は1927年に創刊され、現在まで92年にわたり刊行されている。この岩波文庫の発行年に焦点を当てて「記憶と時間」を検証しようという試みです。書かれている内容、言葉からではなく、発行年と本そのものの物質に焦点を当てる。具体的方法としては、1927年から2019年のそれぞれの年代の岩波文庫を1230度の高温で焼成する。本は燃えてもなくならない。紙質、焼成温度により様々な形態を示す。紙の原料はパルプであり、木材などの植物原料である。木材は、焼き物の釉薬の原料でもある。焼成の設定温度により、本は化石のように残る。

 文庫本が発行された1927年から2019年の92年間には第二次世界大戦が含まれている。今回焼成したリラダン「未来のイヴ」は19411210日に発行されている。真珠湾攻撃は、1941128日である。「未来のイヴ」は真珠湾攻撃の2日後に発行されたことになる。ロマン主義的なリラダンの作品と戦時下ということで意外な思いを持った。「未来のイヴ」は78年前に発行されているので、紙もほころび、本文と表紙がバラバラになりそうだ。最後のページには手書きで「1952.4 東林ニテ」と記されていた。リラダンの「かくして『幻』はうまれぬ!」のごとく生身の人を感じた。しかし、「未来のイヴ」が焼成されることにより、文字は消え、蛇腹のような形で白く広がっていた。もう1冊、1979110日発行の「資本論」を焼成してみると、背表紙を中心に扇状に広がっていた。

 記憶の媒体としての書物、ここでは岩波文庫だが、その白く透明の薄いページを見つめても、そこには文字はない。1927年から2019年の焼成された岩波文庫から何が読み取れるのだろうか。

 

 

 

《私という一冊の書物は、火によって読まれなければなりません》

✴︎『目覚めると雷鳴のなかにいた』

 

 

西村陽平 / Yohei Nishimura

 

1947 京都市生まれ

1973 東京教育大学教育学部芸術学科卒業

2001 日本女子大学家政学部児童学科教授(2018年まで)

2018   日本女子大学  名誉教授

 

1977 「第4回日本陶芸展」外務大臣賞受賞、「現代美術の鳥瞰展」京都国立近代美術館

1980 「西村陽平展」ギャラリーせいほう/東京、「CLAY WORK やきものから造形へ」西武大津・西武池袋

1982 「イタリア巡回現代陶芸展」ローマ・ファエンツァ/イタリア

1983 「今日の美術-日本とイギリス」東京都美術館、「カナダ巡回現代陶芸展」主催:国際交流基金

1984 「現代の陶芸Ⅱ」山口県立美術館

1985 「第2回アジア美術展」福岡市美術館

1987 「西村陽平展」INAXギャラリー/東京、「今日の造形 土と炎展」岐阜県美術館

1989 「ユーロパリア’89ジャパン」モンス市立美術館/ベルギー

1990 「作法の遊戯-’90・美術の現在」水戸芸術館、「サントリー美術館大賞展 ’90–挑むかたち」サントリー美術館

1992 「西村陽平展」伊勢丹新宿美術画廊、「手で見る静寂 西村陽平と子どもたち展」福岡市美術館

1993 「西村陽平の世界 伝道の書展」三菱地所アルティアム/福岡、「西村陽平展」Keramic Galerie Bowin/ハノーバー・ドイツ

1995 「戦後文化の軌跡19451995」目黒区美術館

1996 「サントリー美術館大賞特別展’96挑むかたち」サントリー美術館、「アートシーン9096」水戸美術館

1998 「チバ・アート・ナウ’97現代美術というジャンル」佐倉市立美術館

2000 「現代美術百貨店」山梨県立美術館

2001 「本という美術」うらわ美術館

2002 「現代陶芸の100年展」岐阜県現代陶芸美術館

2006 「陶磁-日本陶芸の伝統と前衛」フランス国立陶磁器美術館、「近代工芸の百年」東京国立近代美術館工芸館

2009 「去った熱–西村陽平展」Cavin-Morris Gallery/New York

         ADVENTURE OF THE FIRE」ワールド セラミック ビエンナーレ/韓国

2010 「これは本ではない」うらわ美術館

2011 「TIME & MEMORY 西村陽平展」芸術館/香港

2012 「彫刻を聞き、土を語らせる 西村陽平展」愛知県陶磁美術館

       「西村陽平が出会った子どもたち展」愛知県陶磁美術館、「Apo-CalypseBeard silverware factory/スイス

2013 「時間と記憶 西村陽平展」CavinMorris Gallery/New York

2014 「西村陽平展」ESPACE MURAILLE/スイス

2016 「死者の書 西村陽平展」Vevery/スイス

2018 「触れる美術展2018」ギャラリープラザ長野(主催:長野県信濃美術館)

2019 「花の骨 / 私という一冊の書物は、火によって読まれなければなりません」画廊香月

       「ART FAIR ASIA FUKUOKA 2019」画廊香月より出展

 

Public collections

東京国立近代美術館工芸館、東京都現代美術館、山口県立美術館、呉市立美術館、パリ装飾美術館、エバーソン美術館/New York

和歌山県立近代美術館、ビクトリア&アルバート美術館/London、愛知県立美術館、国立国際美術館、滋賀県立近代美術館

山梨県立美術館、東京オペラシティアートギャラリー、高松市美術館、滋賀県立陶芸の森美術館、うらわ美術館、千葉市美術館

愛知県陶磁美術館、群馬県立館林美術館、フランス国立陶磁美術館、コーネル大学美術館、岐阜県現代陶芸美術館

アリアナ美術館/ジュネーブ、ニヨン陶磁美術館 /ニヨン,スイス

 

 

 

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取り扱い 画廊香月
サイズ 11.8 x 6.8 x 4.3 cm
素材 本/岩波文庫「小論理学上巻ヘーゲル1951」
商品コード 1100003028
配送までの期間 発送日時に関しては、購入者の方に別途ご連絡差し上げます。
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