【大竹昭子プロフィール】

1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

本作品は、作家がNY滞在中の1979年~1980年に撮影した写真作品。2012年「大竹昭子写真展―Gaze+Wonder NY1980」(ときの忘れもの)に出品された作品。

 

【大竹昭子ステートメント】

「はじめの一歩を踏みだす」

文章を書く「わたし」も、写真を撮る「わたし」も、ニューヨークに行く前には存在しなかった。いったい、あのころの自分はなにを考えていたのだろうか。三十にさしかかろうという年齢なのに、よほどぼんやりとしていたとみえる。

ニューヨークに住んだ翌年にカメラを買い、街路を撮りだした。街を歩くことは前からしていたが、カメラがなくてはならないと感じたのははじめてで、ぼんやりした状態にようやく火がつき撮影に夢中になった。燃えだすと火勢は強かった。

あの当時、日本から訪ねてきた人はみな判で押したように、街が汚いと連呼した。どうしておなじことばかり言うのだろうと憮然としたものだが、改めて写真を見るとたしかに汚い。そう思わないほうがむずかしい。しかし、住んでいるあいだはなぜか汚いとは思わなかった。汚さのなかに生命の痕跡があり、それをたどっていくとき、自分のなかにいまだ意識しなかった原始の力が目覚めていくのを感じた。

撮ることと同時に書くこともはじまったが、振り返ってみるとあの街で写真を知ったことが大きく関与したように思う。撮るには外界に出て現実に触れ、具体的な対象にむき合わなければならないが、そのプロセスから「書くわたし」が生まれた。見るだけではなく、撮る側にもまわったことがすべての起点になったのだ。

現実にむかってシャッターを切るものの、出来たものは現実そのものではないという写真の特性は刺激的であり、尽きない魅力が感じられた。大げさに言えば、それは世界への眼差しに対する大きな啓示でもあったのだ。自分がものを書いていくときに、現実のリアリティーを手放さずに虚構世界とのはざまをすり抜けていく感覚を重視するようになったのも、そのことと無関係ではないだろう。

プリントの入った箱をたずさえ帰国して三十年がすぎ、はじめてポートフォリオを制作するにあたり、すべてのはじまりの一歩がここに標されていることに、いま緊張しつつも静かな興奮を覚えている。

MORE

大竹昭子

vacant lot

1980 - 1982

¥ 66,000 (税込)

【大竹昭子プロフィール】

1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

本作品は、作家がNY滞在中の1979年~1980年に撮影した写真作品。2012年「大竹昭子写真展―Gaze+Wonder NY1980」(ときの忘れもの)に出品された作品。

 

【大竹昭子ステートメント】

「はじめの一歩を踏みだす」

文章を書く「わたし」も、写真を撮る「わたし」も、ニューヨークに行く前には存在しなかった。いったい、あのころの自分はなにを考えていたのだろうか。三十にさしかかろうという年齢なのに、よほどぼんやりとしていたとみえる。

ニューヨークに住んだ翌年にカメラを買い、街路を撮りだした。街を歩くことは前からしていたが、カメラがなくてはならないと感じたのははじめてで、ぼんやりした状態にようやく火がつき撮影に夢中になった。燃えだすと火勢は強かった。

あの当時、日本から訪ねてきた人はみな判で押したように、街が汚いと連呼した。どうしておなじことばかり言うのだろうと憮然としたものだが、改めて写真を見るとたしかに汚い。そう思わないほうがむずかしい。しかし、住んでいるあいだはなぜか汚いとは思わなかった。汚さのなかに生命の痕跡があり、それをたどっていくとき、自分のなかにいまだ意識しなかった原始の力が目覚めていくのを感じた。

撮ることと同時に書くこともはじまったが、振り返ってみるとあの街で写真を知ったことが大きく関与したように思う。撮るには外界に出て現実に触れ、具体的な対象にむき合わなければならないが、そのプロセスから「書くわたし」が生まれた。見るだけではなく、撮る側にもまわったことがすべての起点になったのだ。

現実にむかってシャッターを切るものの、出来たものは現実そのものではないという写真の特性は刺激的であり、尽きない魅力が感じられた。大げさに言えば、それは世界への眼差しに対する大きな啓示でもあったのだ。自分がものを書いていくときに、現実のリアリティーを手放さずに虚構世界とのはざまをすり抜けていく感覚を重視するようになったのも、そのことと無関係ではないだろう。

プリントの入った箱をたずさえ帰国して三十年がすぎ、はじめてポートフォリオを制作するにあたり、すべてのはじまりの一歩がここに標されていることに、いま緊張しつつも静かな興奮を覚えている。

MORE

取り扱い ときの忘れもの
エディション Ed.10
サイズ 41.0 x 50.8 x cm
素材 ゼラチンシルバープリント
商品コード 1100001641
配送までの期間 発送日時に関しては、購入者の方に別途ご連絡差し上げます。
備考 制作年:1980 - 1982撮影(2012年プリント)
カテゴリー